令和元年秋冬の畑其の一

◆2019/10/17の仕事
・スペルト小麦…山畑と家畑にスペルト小麦を播種。昨年より9日ほど早いのだと思う。ここ2年ほど梅雨にかかって雨でカビさせることが多かった。さてどうなりますか。山畑については、春先牛に柵入されてきれいに食われてしまった。一昨年はこれも春先、鹿なのか猪なのか何者かに食われた。春先、ほかの草がいまだのびない中、冬を越して青々と背をのばしたムギは、草食動物たちにとってはたいそう魅力的なのだろう。
今年は、その山畑のどこに植えるかはそれなりに思案した。どうなりますか。
来週にはスペルト小麦をもう少々と、大麦の播種に入る。大豆の収穫もそろそろか。
・タカキビ…雨風で実りきる前に2本を収穫。まだ数本残っているが、本当に種をとれるかどうかぐらいの収穫となって、これまででいちばんの「不作」である。来年は苗植えもあわせていくことと、ある程度まとまった量を植えないと倒伏対策も含めてうまくいかんものだと改めて実感した年だった。昨年の種が全体として未熟だったことが要因として大きかった思う。発芽率が低かったその要因としてだ。
・トマト(サンティオ)…山畑のものは終わりか。そのまま放置しようと思うが、苗を1ヶ月は前倒しで育てないと、実が入るまでに時間がかかりすぎる。山畑は条件が過酷なのでなおさら。
・陸稲…どうだろう。ネリカの方はあと2〜3週間は熟すのにかかりそうだが。11月初旬にとれるものだけでも穂苅しようかというそんな具合。イセヒカリは一度枯れたものがなんとかいくらかはみのりをもっているので、日曜日に穂苅してみようと思う。ほんのわずかではあるが。
・パープルサルシファイ…今週末ひきあげてみよう
・キクイモ……今週末、ためしぼりしてみよう

◆2019/10/21の仕事
晴天の予報だったが、仰ぎ見る空に広がるのはうっすらとした雲の膜であって、陽光は地に届かず。されど気温はあがっているようで、心地よいあたたかさだ。少々動いても汗をかくほどではなく、畑仕事に、残った草刈りに身体を動かすには絶好の日和ではあるものの、如何せんほかにやらねばならぬ宿題が多すぎる。下水桶を掃除する予定だけはずらせないので、穴掘りのための整備ということで畑にスコップと鍬をいれる。まずは落葉を積んでいた溝の補修から。積んでから1年ほどではあるが、表層の葉も腐食がかなり進んでいて、腐葉土というよりは土と呼んだほうがふさわしい態となっている。春収穫のジャガイモの後、なにも植えることのなかった場所へ、オカラと珈琲豆カス由来の堆肥などをすき込んだあと、その上へ土をあげた。さらに隣地との境界であり、セメント板が打ち込まれているその下へヨシクズを投入してみた。
そして残っている夏野菜を収穫。ナスはおそらく最後のひとつ。ブラジルミニ(トマト)は仰山、サンティオはひとつ。甘唐辛子が数本。
畑に残っているものはほかに大豆、小豆、桜豆、そして里芋が一株。桜豆は今年も不出来で種子とりのために慎重に見守っているところ。つまりは間違ってツルを切ったりしないこと。
大豆の葉の一部が黄変しはじめているが、取り入れはまだ先か。アマランサスの穂が乾いて茶に変わった。ここ3〜4日の変化。明後日に脱穀の予定。
最高気温20℃か。

◆2019/10/27の仕事
スペルト小麦の播種2回目。すでに芽を出して1週間はたつであろう畝のつづきに蒔く。2日くらいには発芽するだろう。あまったものをミニトマトの畝の端と、小豆・畑ササゲを植えていたツツジの横へ。トマトの畝はツルの茎葉に覆われて湿っぽく肥えているように感じられたが、落下した果実も多く、それを食するナメクジが多い。あまりながく放置するのも考えものだ。果実はふみつぶして早く分解するなり乾燥させてしまったほうがよいと思われる。

数年来の懸案だった金木犀の頂部剪定をやった。徒長枝が出てくるだろうから、頂部についてはこまめに剪定を繰り返して整えていく。太い枝をどうするかだが、トマトなど次年度の蔓性作物の支柱に仕立てておこう。

・甘唐辛子はまだ採れる。3本ほどを摘み取ったが、20℃を超える最高気温が続けば来週にまだ5〜6本はいけそうだ。
・小豆は黄変した鞘はこまめにとっていて、もう1週間くらい先に土からすべてあげようかという頃合い。大豆も1週間後から順次あげはじめたいところ。

今日の最高気温は20℃。晴れときどき曇り。
大麦の脱穀準備と種子も準備もできたので、明日播種の予定である。

◆2019/10/29の仕事
オリゼ畑の北端に裸麦の畝を整えて播種。大豆刈り取りのあとにと思っていたがかなわず。もう少し後、今週日曜日に刈り取ってそこに植えるか。その前に小豆は刈り取れると思うので、畝を整えつつそちらへも。
スペルト小麦はもう少し植えておきたいのだが、ナスの畝の端にだけでもどうか。明日の15時過ぎに温水へつけよう。
ビーツを播種する時間がなくなった。ほとんどばらまくようにして畝の隙間におく。

今日の最高気温は21℃。晴れときどき曇り。

◆2019/10/30の仕事
山の紅葉具合をみていて、落葉を集めるのはもっと先かと思っていたがさにあらず。いつもの場所を久しぶりに通ってみれば、かなりの堆積があって、遅きに失するほど。明日にでも片付けられてもおかしくないありさまだったので、慌てて軽トラ1杯弱ほどを持ち帰った。
畑の「穴」と畝間におくが、今年は例年以上にかき集めておきたい。今年から、「穴」もそうだが、分解して土になりつつあるところからは苗の土など「使う」ことがふえたから。

昨日のつづき裸麦の播種は小豆を刈り取ってその跡に。思うところあって、ぼかしなどもいれて畝立てした。小豆こそそこそこできたが、ほかの作物、陸稲、裸麦、花オクラなど、いずれもその場所は生育がよくないのだ。理由はいくつか考えられるが、いくつかの経過をへて今回はうまくできるんじゃないかな。よくみていきたい。

今日の最高気温は20℃。晴れ。

◆2019/10/31の仕事
山の畑へ。
今年の陸稲は失敗だった。火入れ後の急傾斜地で礫土。水が不足し夏枯れを起こしやく、枯れないまでも生育が著しくにぶった。直播と苗植えとでは一長一短。直播きは初期の生育はとても遅く、同時期の苗植えと比べて明らかに見劣りしたものだが、後半追い上げてほとんどかわらないほどにはなった。ただそれも土質と日照、風向き、今年の雨量などにもよるのでなんともいえない。
ネリカとイセヒカリとでは、もうネリカはとくにここ山陰地方山間部には向かないのではと思ってしまう。感情的ですとも。ややですが。いったいあれやこれやの苦労はなんだったのかと思うではないですか。収穫ゼロとなりそうである。かき集めればカップ半分ほどの籾はひょっとしたらとれるかもという程度。長稈ゆえ倒伏しやすいこと、出穂まで日数がかかることなどかな。ただ日照りに強いことは確か。イセヒカリが一度ほぼ枯れてしまったときにもまったく青々としていた。
イセヒカリは高アミロース米だというがどの程度であったか。ともかくもイセヒカリは継続してとりくみたい。土地をどこにという問題がまた悩ましいのだけれど。
さて、春焼き地のサツマイモ跡地に播種したスペルト小麦、日陰にしてはよく育っている。
アマランサス2株ほどを持ち帰り。2株とはいえ刈入れはこれが最後。なぜそこにはえてきたのかいまだにわからないもの。考えられることは、モチアワかヒエの種子にまぎれていたものが、こぼれたということくらい。
カブが生き残っていればいくつか持ち帰ろうと思っていたが、ほぼ全滅。ひどい有様だった。カブラハバチがほぼ食い尽くしている。焼畑そのものは決して循環型ではないことの証左であろう。もっとも焼畑の本義はSHIFTING、すなわち移動性であり、連作は忌避されているのだから、さもありなん。
牛舎そばの畑ではキクイモを試し堀り。こちらはよくできていてほっと一安心。11月下旬から掘り出しはじめようと思う。また黄変しはじめている大豆を5株程度刈り取った。
大豆の横地にほんの気持ちばかりの畝立てをして裸麦を播種。つづきは次回。
最高気温21℃。晴れ。

◆2019/11/1の仕事
落葉掻込3日目。今日は2回運びこんだ。あわせて5回ほど畑に入れたことになる。いつもの場所からだとあと5回は運べるだろう。山の畑にも2回程度は持ち込みたい。そして山の畑からは笹をオリゼ畑に持ち込むか。ついでに書いておけば、2年来の懸案、タケノコ林(としていかす場所)に堆肥を持ち込む実験ができるかな。少しでもいいからね。
オリゼ畑では、スペルト小麦の播種。ナスの跡地へ。枯草など乱暴にすき込んでしまったので、ネギ苗が買えれば植えておきたい。
最高気温22℃。晴れときどき曇り。

◆2019/11/2〜3の仕事
こまごまとしたことをやっているのだが、よく思い出せない。屋根に庭のシマトネリコの枝がかかっていたので、いくらか剪定した。ユーカリも同様。ミモザの隣でからみあっているジューンベリーも少々剪定。暖かい日が続いたからか、バラの葉がまた食われ始めている。目立ったところはばっさり切って木酢をスプレー。
トマトはいよいよ最後か。これで終わりという最後の収穫を3日に。明日以降で片付けようと思う。
一昨日あたりからスペルト小麦2回目播種(10月27日)ぶんが次々発芽。ほぼ予想通り。

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大麦の発芽は今週末、金曜日あたりか。
最高気温21℃(3日)。晴れ。

◆2019/11/6の仕事
毎日、少しずつ何かをやってはいます。
大麦の発芽は11月6日でした。想定より早いです。暖かい日が続いているからか。いいのか悪いのか。わからないですが、この暖かい晩秋で干し柿をつくる農家は大打撃だとききました。例年の2割ほどの出来だとも。このような気候変動はますます波を荒くしていくのでしょう。精一杯に謙虚にこの流れを観ていきたいと思っています。遊び=ゆとりを忘れずに。
畑について明日以降ですが、大麦の播種をもう少し、そして早生のタマネギ苗を植えていこうと思います。堆肥と米ぬかを草と一緒にすき込もうとも思いましたが、猪が水はけの悪いところを”耕起”してまわっているので、播種地とは少し離れた場所に施しつつ、冬に熟成が進むように。また、溝を掘って、炭素資材を投入するかと。
さて、今日は数日ぶりに落葉をかき集めてきました。まだまだとれますが、数日前の雨、そう11月5日の雨でかなり重たくなっています。

山では大麦とスペルト小麦を、少しばかり刈り取った大豆の跡地へ。春焼地からはタカキビを3本ほどか持ち帰りました。タカキビはこれが最後の収穫。ムカゴも山のあちらこちらで少々。

◆2019/11/10の仕事
最後に裏の畑にまいたスペルト小麦が発芽していた。11月1日にナスの跡地に播種したぶん。今年は秋が暖かく、最初に蒔いたものは育ちすぎで、冬を越せるかが心配なほどなので、遅すぎということはないのでは、と、思う。大麦をいくつかいたずらまじりに庭の隅、ちょうどスペルト小麦をまいたツツジの隣ににまいてみようかどうしようかといったところ。

明日、小雨の予報が出ているので、落葉のかきこみ2往復ぶん。まだとれると思う。溝にたまったぶんはこれからだが、それらは畑地ではなく、脇の剪定枝などを積んでいるところに投入していくものとしてとってある。溝のものはすでに堆積し固まっているものだと避けたほうがよいかな。今日とってきた一杯分はそうだった。
落ち葉は畝間にいれるものは下に分解しにくいモロコシやアマランサスの茎をいれてしばらくおいているところへ。あるいは割竹(古いもの)など。通気性・通水性の改善のためのものとして。おそれるのは、ふかふかの葉が分解がすすんでかたまりになり、そこで嫌気的分解がすすむこと。ともかくゆっくりと好気性中心で分解してくれればよいのだ。……と考えているので、ちょっと積みすぎのところへはシートかぶせようかどうしようかと思う。いまのうちなら底のほうへ向かってカヤ、笹の茎などをはさみこんでおくか。

タマネギの苗がいないに出ていたので、買ってきた。もみじを50にソニックを50。ソニック20、もみじ10を裏の畑に。残りを山の畑に植える予定。3割できれば上出来とするアプローチで。山畑については土のほぐれている区画に、米ぬかと藁で手当しつつ。裏畑にも米ぬかと藁か。藁が足りなければ、山畑についてはカヤか雑草枯草にて。
3年ほど(のはず)吊るしていたモチアワを今年はすべて片付ける予定で、まずひとふさぶんを脱穀。洗濯板でごしごしとやって、手箕で風選少々。もうひとふさやったところで、ほかのものとあわせて唐箕にかけようと思う。
今日の最高気温は18℃。だんだん秋らしく、そして冬がちかづいてきた。

◆2019/11/11の雑想
今日は雨となり、外出もしたので、タマネギ苗はそのまま。今晩から水につけておこう。明日の山畑は寄る時間がないかもしらん。が、寄れるようにはしておこう。最高気温17℃、最低気温13℃。

◆2019/11/13の仕事
タマネギ苗を裏の畑に植える。早生のソニックじを黒大豆とアマランサスのいた畝に35ほど。晩生のもみじを日当たりのもっとも悪いナスの奥手へ畝立てをして25ほど。畝立は地下茎をとりぞくためということもあり。苧麻、茅、ドクダミがからみあっていたところだが、ドクダミはなんどか取り除いたことでかなり少なくなっていた。苧麻の太い根がごろごろとあったのとドクダミが少々。15センチも掘れば山砂の層にあたる。この場所は夏の盛でも水をたっぷりと含んでいるところなので、里芋には好適なのだが、同様の理由でタマネギにもよいのかもしらんと思いつつ試してみるのだ。
山砂が出てきたところで、不朽しにくい剪定枝で1年くらい放置してあったものや同じく竹の稈の小さなものなどを敷く、そしてその上に落葉を踏み固めれば2センチ程度の厚みでのせ、米糠を軽くふったあと、500倍程度に希釈した竹酢液をジョウロでそそぐ。掘った土を戻して少し踏み固めて終了。この畝にはタマネギ苗のもみじを13センチ間隔で2列植えていった。列の真ん中には稲わらを少々ならべ、ところどころにおさえるように土をのせ、米糠をほんの少しまぶす。最後に希釈竹酢液をジョウロでそそいでおいた。
早生のソニックを植えた畝の場合、列の間には珈琲カスとオカラの堆肥を少々溝においたうえに稲藁、そして米糠という具合の処置をほどこす。この畝の仕上げについては日が暮れて暗くなりすぎたので明日か明後日に。
うまく根がついてくれればよいのだが、3〜4日ほど遅れてしまったので、どうだろうか。多少気温があがったほうがよいのだろうが、明日は10℃ちょいまでしかあがらず、明後日からは18℃前後までいく日が数日はつづきそうだ。10日ほどは要観察である。
さて、残りの苗は山にもっていく予定だったが、裏の畑になんとかおけないかなあとも思う。明日の天候などみて決めよう。
晴れのち曇り。最高気温18℃。最低気温6℃。

◆2019/11/15の仕事
午後からは山の畑へ行くつもりがかなわず。裏の畑で30分ばかり畝をたてるのみとなった。擁壁がわの側溝脇に。明日朝にタマネギを植える予定。
晴れ。朝、軽トラのフロントガラスには氷が。この秋初。最高気温15℃。最低気温3℃。

◆2019/11/16の仕事
11時30分〜16時まで山仕事。
白大豆の収穫、タマネギの苗植えをして終わるつもりだったが、行ってみたら大豆がない!?……………。いや、よくみたらすべてなぎ倒されていて、殻が散乱している。どうやら食われたようだとわかるのにしばらく時間がかかった。おそらくタヌキかなにかだろう。イノシシではない。”うまくいかない”ということは感情と思考をぐるぐるとかき混ぜてくれる。いったいお前は何をやってきたのだ、何をやっているのだ、これからどうするのだ。あきらめてこんなことはもうやめにするのかどうか。つづけるとすればどうこれから処していくのかこの事態に。などというのはほんの端緒であって、まあいろいろ。

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畝をたててみたり、散乱した殻を寄せ集めてみたり、タマネギの苗を植えてみたり、ときにぼーっとまわりの景色を眺めてみたり、するとずいぶん風が強く吹いているようだが、この畑はそうした風を受けることはなく、晩秋のひざしもあってぽかぽかと暖かく長閑だということに気づく。向かいの小山の林はざわざわごうごうと揺れていた。

豆・麦畑の手入れ、タマネギ苗植え、ナラヤマ観察等(晴れ/↑19℃↓6℃)

本の記録〜2019年9月14日

県立図書館にて借りる。
†1. 宮田登ほか 『日本民俗文化大系第9巻 暦と祭事―日本人の季節感覚』(昭和59,小学館)
†2. 高取正男,昭和47『民俗のこころ』(朝日新聞社)
†3. 藤木久志,2008『戦う村の民俗を行く』(朝日新聞出版)
†4. 赤江達也,2017『矢内原忠雄ー戦争と知識人の運命』(岩波新書)
†5. 塚本学,福田アジオ編,平成5『日本歴史民俗論集第4巻 村の生活文化』(吉川弘文館)
†6. 山折哲雄,宮田登編,平成6『日本歴史民俗論集第8巻 漂白の民俗文化』(吉川弘文館)

†2.†4.をのぞき、すべて年取りカブの参考文献として。

本の記録〜2019年8月10日

県立図書館にて借りる。
†.  1996第2版『傘―和傘・パラソル・アンブレラ』(LIXIL出版)
†.  田尻祐一郎,2011『江戸の思想史―人物・方法・連環』(中公新書)
†.  岩田規久男,2005『日本経済を学ぶ』(ちくま新書)
†.  岩田規久男,2018『日銀日記』(筑摩書房)
†.  沖本常吉編,昭和39『日原町史 上巻』(日原町教育委員会)
†.  子安宣邦編,2011『ブックガイドシリーズ基本の30冊 日本思想史』(人文書院)

誰が考えることなのか

焼畑5年目の山の緑。年に一度の草刈りと牛がときどきあがること、それらのバランスが整った場所だとこうしたつる性の多様な植生と種々の低灌木の幼樹が土を肥やしながら、次なる奪還者の到来を準備するのだろう。しかし、他の場所ではヨモギとセイタカアワダチソウが少しずつ裾から上へとその版図をひろげつつあり、どうしたものかと、梅雨の霧雨のなか、佇み考えてみた。いまのうちに抜き去るか、何か他の手立てを講じてみるか、何もせずに「自然」に委ねるか。あぁ、それにしても、雨がうれしい。

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それは「山」が考えることですから。
と、この山をみている庭師がいたのなら、私に言うのかもしれない。

木は痛みを感じるのか〜side story#1

人に見捨てられ、荒れた地に、のたうちまわるような枝をのばして生きる梅の木。殺伐として見えるものですが、そうした梅がつける実には強い力が宿るのだと、そういう人もいます。そうした梅は人が植えたものかもしれませんが、人の力で育つものではありません。土と微生物、降り注ぐ陽の光や大地と大気の循環のなかから降り注ぐ雨水、多種多様なミネラルや有機物を含んだ水、受粉を手助けする風や虫たち……。そのなかで人がしているのはどれほどのことか。みようによっては自分勝手に、もっととりやすいように、もっと実がなるように、勝手に切ったり、肥料をやったり、薬をまいたりするだけ。見捨てられた梅の木は、そんな人のわがままから自由になり「本来の」自然のチカラを取り戻す?のでしょうか……。そんな簡単なことが起こっているのでは、たぶん、ないのだと、このごろ、考えるようになりました。そんなお話につながることを少しばかり。

昨日、自宅兼カフェの小さな家の、これまた小さな庭に百年以上は生きてきたであろう松の手入れに、庭師さんがやってこられました。かれこれ五年お世話になっています。もともと病気がちな松だったのですが、手入れをしてもらうたびに元気になっていました。しかし昨年あたりから少し調子が悪く心配していたのです。天候もあるでしょうしこの地域で流行っている病気もあるでしょうけれど。他の家では薬や肥料を使ったりされているようですが、ことこの流行病についてはどうやらこれという薬もないようですし、なるべくそうしたものは使わずにすませるにこしたことはありません。

庭の土中環境もたぶん、だんだんよくなっているはずで、五年前はひどかった虫食いもだんだんと少なくなり、今年はようやくバラがたくさんの花を咲かせたりしたものです。松のまわりで気になっていたのは、苔がふえていることで、水がたまりがちなのか、通水性通気性が悪くなっているようでもあります。そうした循環を促すように、浅い穴をいくつかほって炭をいれてもらいました。

さて、松の手入れが終わって、次に大きなシマトネリコの木のことを相談したときのこと。なるほど〜、へえ〜、っということばかりで感心することばかり(いつもですが)ですが、そのやりとりのひとつをあげておきます。

私 「そういえば、木の根が表に出てきているのですが、土をかぶせたほうがよいのでしょうか」
庭師「いや、そのままで。(この環境のなかで)根をどうのばすか……それはこの木が考えることですから」

そして、《もし人が土をかぶせたら、木は間違えるかもしれない》…そういうことを続けておっしゃっいました。

生きようとしているものたちが、何を感じ、考え、動くのか。言葉をもたないもの(もっているものでも)に対して、人がとるべき態度というものを示していように思う。

…つづく。

本の記録〜2019年6月13日

木次図書館で借りたものなど。6月15日に返却予定(上2冊は他館:島根大学付属のものゆえ厳守)。
†. 高取正男,昭和57『民間信仰史の研究』(法蔵館)
†. 千葉徳爾,昭和46『続狩猟伝承研究』(風間書房)
†. 大林太良,1992『正月の来た道』(小学館)

ほんの記録〜2019年4月26日

島根県立図書館にて
†1. 佐々木高明,2006『山の神と日本人』(洋泉社)
†2. 飯嶋和一,2015『狗賓童子の島』(小学館)
†3. 谷川健一編,1996『日本民俗文化資料集成24 子供の民族誌』(三一書房)
†4. 保立道久,2013『物語の中世 神話・説話・民話の歴史学』(講談社学術文庫)
†5. 自然農法国際研究開発センター編,2016『これならできる!自家採種コツのコツ』(農文協)
†6. 谷川健一編,1995『日本民俗文化資料集成21 森の神の民族誌』(三一書房)
†7. 西宮一民,平成2『上代祭祀と言語』(桜楓社)
†6. 坪井洋文,1989『神道的神と民俗的神』(未来社)

以上が借りて帰ったもの。ただし†6〜†8は後日、5月4日に借りた。
†1.は、大山あがりの原稿の参考資料として。
†2.は、9月以降の本とスパイスでとりあげるべく、まずはさわりだけでもと借りたもの。
†3.は、リストにあったので、書庫より出しもらったものだが、はて、何を調べたかったのか。子供の遊びについての資料が多く採録されているのだが、そのなかのなにかだろうか。少々迷ったが、巻頭の写真に興味をそそられ持ち帰ることにした。たとえば秩父のひなげー、子供たちの顔だちのなんと凛々しく目の力の強いことか。
持ち帰って後、24巻ではなく21巻を求めていたのだった。「森の神の民族誌」のほうである。
†4. 第3章にあてられた論文「巨柱神話と天道花ー日本中世の氏神祭りと農事暦」を読むため。これも大山あがりの参考資料としてのものだが、それはタイトル後者の天道花についてであって、天道花と巨柱神話、世界樹のテーマとの結びつきのなかで展開されるとなれば、かなりの大風呂敷となるのだが、そこは歴史学の泰斗らしく要のおさえかたが適確丁寧で問題をとらえやすく、これは要熟読。
†5. 書名は軽いものだが、自然農法国際研究開発センターの編らしく、ていねいにつくられている。

さて、1時間半ほどしかなかったがリサーチは、新聞記事データベースから「山あがり」「大山さん」の記事を探すべくあたりをつけること。
聞蔵にしても戦前のものはサービス対象外で検索できず。マイクロフィルムであたってみてはという助言もいただくが、こりゃ時間がないとできんね。

本の記録〜2019年3月22日

島根県立中央図書館にて
いくつかの市町村誌を複写。また、年取りカブ(正月カブ)についてリファレンスを願う。3日後であったか、電話で連絡があり、やはり見当たらないとのことだった。

◆借りたもの
†. 野本寛一,1989『軒端の民俗学』(白水社)
読むたびに示唆を受けるものだし、資料としても常に手元においておきたいし、読むのが心地よい書。ゆえに古書を求めて注文済み。「浜焼き」については、木次の焼き鯖のルーツを探るうえで、もっておきたいもの。わずか数行とはいえ。
†. 『聞書き 山形の食事』(農文協)
†. 『現代思想2017年12月号 特集 人新世ー地質年代が示す人類と地球の未来』(青土社)
「解体者」の概念をめぐって藤原辰史氏の連載をひろっておきたく。

◆複写したもの・閲覧したもの等

松江市立図書館にて
◆借りたもの
†. 張憲生,2002『岡熊臣 転換期を生きた郷村知識人ー一幕末国学者の兵制論と「淫祀」観』(三元社)
†. 白石昭臣,1998『農耕文化の民俗学的研究』(岩田書院)
†. 古川貞雄,2003『増補 村の遊び日ー自治の源流を探る』(農文協)

購った図書について2019

少しずつ加筆のつもりでおいておくもの

†. 川島宙次,昭和53『日本の民家―その伝統美』(講談社現代新書)
†. 昭和61『聞き書 静岡の食事』(農文協)
†. 根本正之,2014『雑草社会がつくる日本らしい自然』(築地書館)
†. 広戸惇,平成2『出雲方言とその周辺』(出雲市民文庫:出雲市教育委員会)
†. 青葉高,1981『野菜ー在来品種の系譜』(法政大学出版局)
†. 1997『祖父母から孫に伝えたい 焼畑の暮らし―静岡市井川の老人たちが語る山の人生』(静岡市立登呂博物館)
†. アリストテレス,1999『アリストテレス 心とは何か』(桑子敏雄・訳,講談社学術文庫)
†. 坪内洋文,『イモと日本人』(未来社)
†. 野本寛一,1989『軒端の民俗学』(白水社)