1月の本とスパイス〜やまたのをろちはワインを飲んだのか?

やまたのをろちはワインを飲んだのか〜マイケル・ポーラン『人間は料理をする・下』etc.(本の話#0016)


第16回の本とスパイス、その背景などについて少々。

昨年の秋から、木次の山野で、阿井の山野で、山葡萄を探している。エビヅル、サンカクヅルを含めたブドウ科で果実が食せるものを。これが、びっくりするくらいに見当たらない。「松江の花図鑑」のサイトをみれば、サンカクヅルエビヅル、は松江市内のいずこかに。対象を県内にひろげてみても、全域で見られるようなのに。
なぜだろう。どうしてだろう。探し方も見つけ方も悪いのだろうと思っていた。だがしかし、ブドウ科には詳しい、というより専門家たる葡萄園のS氏も「探しているけどなぜかない」と。
頭の中に「山ブドウ」の文字が浮かんでは消える日々が続き、雪の季節にもなり、また来年の宿題かと思っていた頃、東京で髙山氏に会う機会を得たので、表題の件を聞いてみたのだ。
いや、山葡萄探しから飛躍しすぎた。
その手前、そもそもなぜ山葡萄かということについて述べなければつながらないのだが、長くなる。ここでは自分への備忘も含めふたつをあげておく。
◉2017年の採集草木調査の一断片としてこんなことを言っていた
奥出雲山村塾のfacebookページ投稿
◉山葡萄をはじめ手をのばせば食べられるものが山にはたくさんあったというHさんの思い出。これについては、髙山宗東「八鹽折酒」考を。
続きはまた。
古事記を読むとはどういうことか。なかでもやまたのをろちをどう読むか。そしてマイケル・ポーランが「料理」をどうとらえているか。をろちとの関係は。と続く。

本の記録〜2018年12月24日

出雲市立中央図書館にて
◆借りた本
†.木村茂光編,2010『日本農業史』(吉川弘文館)
†.松山善之助,山下道弘,矢ヶ崎和弘,佐藤久泰,2003『新特産シリーズ・黒ダイズ』(農文協)
†.原田信男2006『コメを選んだ日本の歴史』(文春新書)

・黒大豆は来年の作付けのために。赤名黒姫丸を栽培する予定ゆえ。赤名黒姫丸は、丹波黒の変異から赤名地区で育種し固定種としたもの。
・木村茂光の『日本農業史』は貸出延長して要熟読のため。手元においておきたいくらい。
・原田信男の『コメを選んだ日本人』は他著との重複も多いが、まとまったものとして便がよいと思い。ずずっと通読したい。

本の記録〜2018年10月24日

島根県立図書館にて。
◆借りた本
◉佐藤洋一郎,加藤鎌司,2010『麦の自然史ー人と自然が育んだムギ農耕』(北海道大学出版局)… ムギ栽培について、とりわけ日本でのムギ栽培について知りたいのだが、あるようでないのだよねあと日頃思っていたところ、開架で見つけた。とりわけ、第13章 大田正次「日常の生活が育んだ在来コムギの品種多様性〜難脱穀性コムギの遺存的栽培と伝統的利用をめぐって」は、脱穀・籾摺り・製粉をどうしようかと思案しているスペルト小麦の利用について、資するものである。大田氏によるイラン北部、スペイン北部、中央ヨーロッパでの調査が簡潔に触れられている。20年ばかり前の調査の再録であるようだが、栽培が途絶えていない地域では、「手間だけれど」自家用につくる、主となったパン小麦よりも美味しいから、親がつくってきたから、という動機の表明があることが興味深い。日本の焼畑における在来蕎麦やカブなどと共通する。しかしあるいは、これは調査者特有の認識フレームがそういう言説を誘導するのかもしれない。
特殊な石臼で「籾」をとるというのは、この調査で出てくるどの地域でもそうだ。脱穀はイラン北部の場合は、手摘みで穂だけをとり、スペイン北部だと千歯こぎに似た刃物でとる方式。粉にしてパンにすることのほか、粒食の文化もあるというのは初見であって、ここを端緒として小麦の粒食についてもう少し掘り下げてみれそうだ。
またトリビアルではあるが、知らなったこと。欧米圏ではムギにあたる単語が存在しないということ。中国・日本独自ということなのか!? JKナレッジで簡単にあたってみるに、確かにそう。ウェブリオの翻訳では麦の英訳は、wheat, barley, oats,rye, etc.。小麦はwheat、大麦はbarley、ryeはライ麦であって、これらを総称する「麦」なる概念はないということだ。平凡社世界大百科は「〈麦〉は,日本や中国などで使用されてきた多面的な内容をもつ独特な用語で,これに相当することばは欧米にはない」としている。

◉藤原俊六郎,2013『新版・図解土壌の基礎知識』(農文協)……一度しっかり学びたいものであるものの、手につかず、借りるのは2回め。今回はとりわけグライ土について確かめるべく。

◉畠山剛,『新版縄文人の末裔たちーヒエと木の実の生活史』(彩流社)……これを手に岩手県岩泉を訪れたいと思うほどの書。畠山氏、ご存命であれば、85歳(1933年、昭和8年生まれ)。

◉1994『岩波講座日本通史別巻2ー地域史研究の現状と課題』(岩波書店)……宮本常一が東北農村における土間住まいについて著している文献を参照したく検索したものだが、あきらかに違う。とはいえ、さらっとでも読んでおきたい事項が満載ゆえ借りてきた。香月洋一郎の「民俗学と地域研究」については、少々思うところもあり、改めて加筆の予定。

◆参照図書

◉『柿木村史 第2巻』……1.吉賀記について、ここまで詳述されているものをはじめてみた。資料として後日改めて複写するか、貸出されているものがあれば、そちらを。

 

本の記録〜2018年10月8日

松江市立図書館にて。
記録を忘れていたので改めて。

◉奥野克巳,2018『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房)
◉ダニエル・L.エヴェレット『ピダハンー「言語本能」を超える文化と世界観』(屋代通子・2012訳;みすず書房)
◉栗栖健,2004『日本人とオオカミ 世界でも特異なその関係と歴史』(雄山閣)

9月23日秋の火入れ雑感

秋分の日は、山に火を入れておりました。長雨が続いておりましたので、前日は晴れていましたが、土もまだ湿ったままで、火はなかなかひろがらず、残りは来春に持ち越しとなりました。

夜遅くまで火の番をしましたので、熾火からときおり山の上に舞い上がる火の粉を、朧月夜のなか楽しみました。そこは乳牛の放牧地のなかにありますので、夜になると牛たちが思い思いの場所へちって草をはんだりねころがったりしています。出産間近の牛もいるようで、牧場主曰く「満月に近いので、今日明日に分娩するのかも」。

種も満月の日にまくものだとは古老が申します。

月の力はおそろしいものだという感受性は、山の奥辺に暮らす老いた人にはまだかすかに残っているようで、直接みるものではないが、ススキの穂ごしにみれば魔性をそいでくれるのだとかいうことを、ばあさんからきいたなどときくこともあったでしょうか。

月は農耕とかかわるようで、どうやら狩猟とのかかわりのなかに色濃くあることと、芋とのつながりも、ススキとつながるとその想念は稲のほうとむしろかかわり深いようで、まさに芋のつるのように、連なりつながるものであるよなあ、と思いました。