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◉主 催:カフェ・オリゼ&樟舎
◉日 時:12月7日(金)
開 場…18:30〜
トーク…19:00〜20:30
(20:30〜22:00 食事とカフェの時間。21時以降の退場はご自由に)
◉場 所:カフェオリゼ(島根県 雲南市木次町里方331-1)
◉参加費:2,500円(スリランカカリー、ドリンクセット含)
◉定 員:12名
◉申 込:「本とスパイス」参加希望として、カフェオリゼ宛facebookメッセージ、または下記のメールアドレスまでお名前とご連絡先をお知らせください。返信のメールをもって受付終了とさせていただきます。
honto@ksnoki.org
◉内 容
本の話とカレーのゆうべ、その第15回。案内は「森と畑と牛と」 編集人の面代真樹です。

「習俗というものは、理由もなく消えたり、生き残ったりしない」
C.レヴィ=ストロースは、こう啖呵を切って、サンタクロースの謎を解き明かしてくれました。1951年の冬、フランスの小都市で起こった、サンタクロースが火あぶりにされるという「事件」からはじまる小論は、いまもってスリリングな知の興奮を、私たちにもたらしてくれます。
2年前、第1回の本の話でとりあげたこのテーマ。今回は続編として、日本の来訪神(トシドン、カセドリ、トロヘン等々)と、プレゼント(贈り物)のひみつへとわけいります。鍵となるのは、サンタクロースを信じている子どもたち、そして柳田國男の『小さき者の声』。私たちは、なぜ、クリスマスになると、心浮かれ、贈り物をしあったり、パーティーをするのでしょう。そして、来訪神とプレゼントの関係とは……。
乞うご期待。

【主な図書】
◆ 柳田國男,1933『小さき者の声』(角川ソフィア文庫、定本柳田國男集第20巻などにおさめられています)
カゴメ遊び(うしろの正面だーれ)、おままごと……児童の遊びの中に、千年の時を超えるような奇跡と希望を見出す小編「童児と昔」。つづく「神に代りて来る」では、中国地方にひろく残存していたトロヘンやホトホト、子どもらが扮した来訪神について随想しています。
◆ クロード・レヴィ=ストロース,1952『サンタクロースの秘密』(中沢新一訳・解説:1995年刊行せりか書房/2016年「火あぶりにされたサンタクロース」に改題され再版)
レヴィ=ストロースのテキストは、わからないもの、社会の原理や規範のようなものから逸脱していくようなものに対して、独特のドライブ感をもって挑みます。そう、柳田もレヴィ=ストロースも「文学」なのです。民俗・神話に対するにはそうするしかない。ともあれ味わい深い書。
◆ 日本ナショナルトラスト編,1989「季刊自然と文化26・秋季号特集:草荘神-豊穣をもたらす来訪神」(観光資源保護財団)

◉主 催:カフェ・オリゼ&樟舎
◉日 時:11月2日(金)
開 場…18:30〜
トーク…19:00〜20:30
(20:30〜22:00 食事とカフェの時間。21時以降の退場はご自由に)
◉場 所:カフェオリゼ(島根県 雲南市木次町里方331-1)
◉参加費:2,500円(スリランカカリー、ドリンクセット含)
◉定 員:12名
◉申 込:「本とスパイス」参加希望として、カフェオリゼ宛facebookメッセージ、または下記のメールアドレスまでお名前とご連絡先をお知らせください。返信のメールをもって受付終了とさせていただきます。
honto@ksnoki.org
◉内 容
宮沢賢治――誰もが、子どもの頃一度は、読んだ記憶をお持ちではないでしょうか。「風の又三郎」「セロひきのゴーシュ」「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」……。そのほとんどが死後公表されたもので、生前に出版された童話集はわずか一冊。大正13年の『注文の多い料理店』で9つの童話からなっています。
が、これ、ほんとうに童話集なのでしょうか。序文で「わけがわからない」といい、それでも「こんなことがあるようでしかたがない」とかかれているのは童話の一部とは思えません。賢治自らが書いたと思われる広告チラシには「偽でも架空でも窃盗でもない」「たしかにこの通り心象の中に現れたものである」とも。

序文の締めくくりにはこう記されています。
「これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません」
《すきとおったほんとうのたべもの》ってなんなのでしょう。
そして、《どんなにねがうかわかりません》というほどの切実な思い、賢治の願いとはなんだったのでしょう。

じつは、今回のお話、前回の「人と動物の間」の続編でもあるのです。宮沢賢治がシナスタジア(synesthesia:共感覚)を有していたことにふれ、動物が人と言葉を交わすその可能性とリアリティについて、科学と思想史の観点からせまったその続きです。
私たちは、童話を「つくり話」だと、「架空」の話だと、だから山猫や狼や森や風が語りかけたりすることになんの違和感もなく、その世界に遊ぶことができるのだと、そう考え、楽しみます。しかし、もし、それが「架空」ではないとしたら。
この問いにこたえるのには、少なくとももう一冊が必要です。2000年代以降、人類学の「存在論的転回」における重要著作として位置づけられるレーン・ウィラースレフの『ソウル・ハンターズ―シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』奥野克巳ほか訳(亜紀書房;2018刊)。

「私は二人の人間(ヘラ鹿二頭)が踊りながら近づいてくるのを見た。母親は美しく若い女で、歌いながらこう言ったんだ。『誉れある友よ、いらっしゃい。あなたの手を取り、私たちの住まいにご案内しましょう』。そのとき、私は二人を殺したんだ。もし彼女と一緒に行ってしまったら、私のほうが死んでいただろう。彼女が私を殺していただろう」
シベリアの先住民ハンター、スピリドンじいさんは、デンマークからやってきた学者にこう語るのですが、賢治もこんな世界に入りこんでいたのだとしたら。

ともあれ、かつて読んだその記憶は一度忘れて、はじめて出会うまっさらな気持ちで、ちょうど冬の朝に白くきれいに降り積もった雪にはじめて足をつけていくような気持ちで、ちいさなものがたりをひもといてみませんか。
「人それぞれ」「自由に解釈すればいい」なんてことは、わたくしには言えません。少なくとも「そう」読まれることを賢治はのぞんでいなかった。せいいっぱい、その真実にせまりたいと思います。(案内人 ・「森と畑と牛と」編集人 面代真樹)

【主な図書】
◆宮沢賢治,1924(大正13)『注文の多い料理店』(新潮文庫;1990刊)……上記所収の作品を中心に。 狼森と笊森、盗森 /注文の多い料理店/鹿踊りのはじまり/水仙月の四日/なめとこ山の熊 ほか。
◆レーン・ウィラースレフ,2007『ソウル・ハンターズ―シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』奥野克巳ほか訳(亜紀書房;2018刊)
◆「日本の食生活全集 岩手」編集委員会編,1984『聞き書 岩手の食事』(農文協)

本の話とカレーのゆうべ。人文カフェともサイエンスカフェともいえましょうが、そのご案内。
「森と畑と牛と」 編集人の面代真樹が、動物と人との関係を、思想と科学の歴史を軸にお話します。
◉主 催:カフェオリゼ&樟舎
◉日 時:10月5日(金)
開 場…18:30〜
トーク…19:00〜20:30
(20:30〜22:00 食事とカフェの時間)
◉場 所:カフェオリゼ(島根県雲南市木次町里方331-1)
◉参加費:2,500円(スリランカカリー、ドリンクセット含)
◉定 員:12名
◉申 込:メールまたはFAXにて、「本とスパイス参加希望」として、お名前とご連絡先を明記の上、お送りください。申込は返信をもって受付と致します。
honto@ksnoki.org
fax0854-47-7181

◉内 容:案内人……面代真樹(「森と畑と牛と」 編集人)
あなたは、動物のメッセージを聞いたことがありますか?
かつて、動物が人に話しかけることは珍しいけれどあり得ることとして受け入れられていました。 古層への回路をもつ民の間では、今でも常識の範疇にあります。 日本でも百五十年ほどもさかのぼれば、その痕跡が見つかります。 たとえば石見地方の日原。ある日、狼が庭にやってきて「魚の骨がのどにかかって痛いから掘り出してくれ」と言っているのです※1。
しかし、最近の調査や報告から知れるのは、動物のメッセージを受け取れる人間も、言葉をしゃべる動物たちも、もう本当にいなくなってしまうのだろうということ。
なぜなのでしょう。
私たちは、もう動物の言葉を聞くことはできなくなってしまったのでしょうか。
いや、そうではなく……。私たちが聞く耳を失ったばかりではなく、動物たちのほうが、言葉をしゃべることができなくなってしまっているのだとしたら……※2。

そんなお話を以下の本をとりあげながら展開します。

『動物に魂はあるのか―生命を見つめる哲学』金森修著(中公新書)
『感応の呪文―〈人間以上の世界〉における知覚と言語』デイヴィット・エイブラム著/結城正美訳(水声社)
『ソウル・ハンターズ―シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』 レーン・ウィラースレフ著/奥野克巳ほか訳(亜紀書房)
『精神の哲学・肉体の哲学―形而上学的思考から自然的思考へ』 木田元・計見一雄著(講談社)

※1)※『石見日原村聞書』大庭良美・1974(未来社)による。動物が人と話すのは、民話のなかではあたりまえのように展開するが、実話・実歴となるとそう多くはない。 ただ、民話(昔話)と実話は明確な境界をもたず、重なりあうものでもある。神話と史実との関係にも似て。今回着目したいのは、この日原の例がそうなのだが、狼を見たことがある人が語っているということ。それは狩猟を行うものか近いものであったということだ。動物と話をするアラスカのコユコン、極北タイガのユカギール、いずれも狩猟民であることは、何をものがたるのか。
※2)「もののけ姫」での乙事主を思い出してみよう。「わしの一族を見ろ!みんな小さくバカになりつつある。このままではわしらはただの肉として人間に狩られるようになるだろう」

JR木次駅のそばにある小さな古民家カフェは「オリゼさんち」とも呼ばれています。お店の名前がカフェ・オリゼだし、お店というよりはおうちだし、小さなギャラリーもあって、そして実は小さな出版社や「森と畑と牛と」というグループのオフィスにもなっているとか。
そんなオリゼさんちで、真夏の「古本市」を開催します。
7/20(金)〜22(日)の3日間。
平屋の小さなひとまと縁側を使って、こじんまり、だからこそアツい!3日間となることでしょう。
おうちの前には小屋もやってきて何やら展示もするようだし、20日は木次のお祭りで、夜には花火もあがるし。ほかにもいろいろあるようです。きてみてねー。
●真夏のオリゼ3days(facebookのイベントページへとびます)
◉出店者の紹介
「あられ文庫」…
「サボテンBOOKS」…小屋と一緒にやってきます。ポストカードもあるよ。
「古本冬營社」…松江の小さな古本屋さん。食の本が中心です。
「樟舎」…歴史・文化・経済・自然・社会等。


小さなカフェと小さな出版社が同居している小さな古民家で、本をめぐるトークライブを開催しています。今回はその12回目で、テーマは「小屋」。

小屋はいつの時代にも人の心をひきつけてきました。住むことの原始的感覚を、呼び覚ますから、なのかもしれません。多くの建築家がそうした「小屋の力」を解きほぐし現代の住まいへつなげようとしてきました。今回は安藤邦廣の『小屋と倉』、そして『小屋ーー働く建築』所収の「小屋の風景学」を中心に、中村好文『食う寝る遊ぶ 小屋暮らし』などにふれていきます。
そして、民俗学と歴史学を架橋することで高取正男が挑んだ「生活学」の中心にある、小屋と住まいについて考えてみます。

今回はいつになく写真を多数使いながら、見て楽しめるものとしても企画しました。そしてトークのあとはカフェタイム。スリランカカレーを食べ、お茶を飲みながら、トークの続きをみなさんで楽しみます。
また、カフェの前には7月21日〜22日の3日間、小さな小屋もやってきて、古本市も開きます。
乞うご期待。

◉主 催:カフェ・オリゼ&樟舎&奥出雲山村塾
◉日 時:7月21日(土)
開 場…18:30~
トーク…19:00~20:30
(20:30~22:00 食事とカフェの時間)
◉場 所:カフェオリゼ(木次町里方)
◉参加費:2,500円(スリランカカリー、ドリンクセット含)
◉定 員:12名
◉申 込:「本とスパイス」参加希望として、下記のメールアドレス(★→@)までお名前とご連絡先をお知らせください。返信のメールをもって受付終了とさせていただきます。
honto★ksnoki.org

◉ほんの紹介
・『小屋 働く建築』1999,INAXギャラリー編, 所収テキストと写真:中里和人「小屋に出会う」、安藤邦廣「小屋の風景学」、編者「小屋採集」、宇江勝敏「紀州備長炭の山小屋」
・安藤邦廣+筑波大学安藤研究室『小屋と倉 干す・仕舞う・守る 木組みのかたち』2010,建築資料研究社
・今和次郎『日本の民家』1989,岩波文庫
・高取正男『高取正男著作集〈4〉生活学のすすめ 』1982,法蔵館
中里和人『小屋の肖像』2010,メディアファクトリー

別れの言葉といえば、あなたは何を思いうかべますか?
「さようなら」
そう。
けれど、考えてみればこの言葉、日常のなかで口にすることは、ほぼありません。
「じゃあ」
「またね」
「おつかれさまでした」
ふだん使うのはこれくらいでしょうか。
もう会うことはないかもーーそんな場面ではなおさら「さようなら」ではなく「じゃあ、また」を使ってみたりする。だからこそ、「別れ際にさよならなんて悲しいこと言うなよ!」と碇シンジくんは叫んだりするわけです。
一方、相手と二度と会いたくないような場面では、言葉の出る幕がない。そんな使いづらい「さようなら」って、もともとどう使われ、どういう意味と由来をもっているのか。
近世史家である髙山宗東さんの著書『お言葉でございます』をひもとけば、じつは、「さようなら」も歴史的には新しい言葉で、「それじゃあ」と同じ意味だった……と知れます。髙山さんは、そこから、ある小さな物語をはじめています。ちょっと泣ける話でもあり、そこはこの本を購って味わってみてください。
 さて、5月の本とスパイスは、この本と髙山宗東さんという御伽衆を扉のようにして、「消えゆくもののために」をテーマに、みなさんを言葉のめくるめく世界へご案内します。「すべての言葉は、その場所から消えてなくなるもののためにある」。まず、この見晴らしが得られる場所へ。そして……「さようなら」この言葉が、みちびいてくれる、その先へ、歴史と文学と、自然科学や人類学の知見もまじえ、わけいってみたいと思います。

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◉テーマ:消えゆくもののために〜『お言葉でございます』髙山宗東
◉日 時:2018年5月25日(金)
◉開 場…18:30〜/ライブ…19:00〜20:30
(20:30〜 食事とカフェの時間。退場自由)
◉場 所:カフェオリゼ(雲南市木次町里方331−1)
◉案内人:面代真樹(「森と畑と牛と」編集人・樟舎)
◉参加費:2,500円(スリランカ・カレー/ドリンクセット含)
◉定 員:12名
◉問合せ・お申込は以下のいずれかで。返信をもって受付です。

❶カフェオリゼのfacebookページからメッセージを送信
❷樟舎宛FAX:0852-35-5139
❸樟舎宛メール:honto@ksnoki.org