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土と分解者たち、そしてナウシカ読解〜大園享司『生き物はどのように土にかえるのか』etc.(本の話#0017)

◆本の話とカレーのゆうべ、その第17回。案内は「森と畑と牛と」 編集人の面代真樹です。
◆陸上のほとんどの生き物は土の上で死にます※1。そのムクロは解体され、分解され、いつのまにか消えてなくなるように見えます。土の中から訪れる微生物による分解は目に見えず、だからこそ死を、土に帰ると言い表すのでしょう。
◆さて、私たちヒトは有益な分解を発酵と呼び、そうでないものを腐敗と呼びます。が、生命にとって腐敗と分解は同じこと、そしてなにより食べることであり、食べられることです。生態学者の大園享司は『生き物はどのように土にかえるのか』で、死体は生命体にとってお菓子の家なのだということを、淡々と解き明かしてくれます。
◆今回はこの本を入口として、食べること、物質とエネルギー、菌と発酵、焼畑と土、そして急性弛緩性脊髄炎(AFM)※2、プロトタキシーテス……などなど、トピックは多彩です。なにせ1gの土の中には10億の微生物が生きているのです。負けては?いられません。
◆そして……。宮崎駿『風の谷のナウシカ』を読み解くことがこれに加わります。全7巻の漫画の方です。映画では人々を「青き清浄の地」へと導くナウシカが救世主として描かれます。失われた大地との絆を取り結ぶ、自然と人間が共生する世界をもたらすものとして。
◆しかし。「原作」は、そんな軽々しい読みを許しません。第7巻で牧人はナウシカを問い詰めます。「肉体は拒絶され心でしかたどりつけない土地をなぜ希望などといつわりつづける」。青き清浄の地で、ヒトは血を吐いて死ぬことが明らかにされるのです。ナウシカはその真実を人々に隠し続けることにします。「私は嘘をつきました。これからもつきつづけます」と。
なぜ? 
ナウシカの超倫理的行動はそれだけにとどまりません。生態系が入れ代わりヒトの生存が不可能となる未来、そこでヒトが救済されるための知識と技術がアーカイブされた「墓所」を、ナウシカは破壊してしまいます。
なぜ? なぜ?
……こたえのない問いを追いかけて、ナウシカをたどることは、「生き物はどのように土にかえるのか」をたどることでもある。そんな風景が見える場所まで行ってみませんか。

◆主 催:カフェ・オリゼ&樟舎
◆日 時:2019年3月8日(金)
開 場…18:30〜
トーク…19:00〜20:30(20:30〜22:00 食事とカフェの時間。21時以降の退場はご自由に)
◆場 所:カフェオリゼ(島根県 雲南市木次町里方331-1)
◆参加費:2,500円(スリランカカリー、ドリンクセット含)
◆定 員:12名
◆申 込:「本とスパイス」参加希望として、下記のメールアドレスまでお名前とご連絡先をお知らせください。返信のメールをもって受付終了とさせていただきます。
honto@ksnoki.org

◆主な図書
大園享司『生き物はどのように土にかえるのか』(ベレ出版)
宮崎駿『風の谷のナウシカ 』全7巻(徳間書店)
ほか、D.モントゴメリー著・片岡夏美訳『土、牛、微生物』(築地書館)、長沼毅『深海生物学への招待』(幻冬舎文庫)、浜田信夫『人類とカビの歴史』(朝日新聞出版)、稲葉振一郎『ナウシカ解読』(窓社)、コーネリス.ドヴァール著・大沢秀介訳『パースの哲学について本当のことを知りたい人のために』(勁草書房)など。

※1)川や湖は? 海中は? という問いについては少しふれる予定です。長くなるので少しだけ。参照図書にあげている『深海生物学への招待』からも入れます。海から陸へ生物が「進出」した過程、その生命誌ともかかわる大変な問いでもあるのです。『風の谷のナウシカ』、その物語の佳境においてナウシカが発する言葉でひとまず閉じます。
「腐海の胞子はたったひとつの発芽のために くり返し くり返し 降りつもり 無駄な死をかさねます 私の生は10人の兄と姉の死によって 支えられました」

※2)芸能週刊誌が「謎の奇病」などどして取り上げたりもしたので、名前ぐらいは聞き覚えがあるのでは? このトピックをめぐっては、AFMそのものではなく、その不可解さを例に、わたしたちの「病気」とりわけ感染症に対する観念が、ペニシリン誕生から100年を待たずして失効しつつあるのではないかという問題を提起してみます。それはナウシカにおける腐海の謎ともリンクするものです。
 AFMそのものについては、池田正行氏の見取りが入口としておすすめ。
急性弛緩性脊髄炎(AFM)/急性弛緩性麻痺(AFP)