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すきとおったほんとうのたべもの〜宮沢賢治『注文の多い料理店』etc.(本の話#0014)

今日、図書館で『ソウル・ハンターズ』を借りてきた。あぁ。あぁ。ここから、言葉をつぐために数日がほしい。

松江市立図書館にて。
記録を忘れていたので改めて。

◉奥野克巳,2018『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房)
◉ダニエル・L.エヴェレット『ピダハンー「言語本能」を超える文化と世界観』(屋代通子・2012訳;みすず書房)
◉栗栖健,2004『日本人とオオカミ 世界でも特異なその関係と歴史』(雄山閣)

ウバユリのことをまとめておこうと書き記すもの。 
 記憶が散逸する前に、下書き段階からアップしはじめる。

○宮本巌『摘み草手帖』での記述
 《早春、山野の藪や暗い谷間をのぞくと、色つやのよい放射状をした数枚の葉があちこちで顔を出している。この威勢のよい葉を見る限り、ウバユリの名は当たらない》
 この名文ともいえる描写と簡潔なイラストが素晴らしい。なにが名文かって、植物の種類がとんとわからない私でさえ、この一文だけ読んでいた記憶が山の中でよみがえって、「これ、ウバユリじゃないか」と発見することが容易にできたこと。
 そして、この記事があったからこそ、食べてみることを躊躇なく試みたわけだ。
 油で揚げて、ほくほくのものを食した。写真があるはずなので、のちほどあげる。

○日原町史の記述
 のちほど。
 地域名が記されていた。牛が食べたとも。人間は根を葛根と同様食用にしたと。

○今年になってからの観察(写真)
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○奥出雲町阿井の山中にてみたもの

 
○椎葉クニ子
 オスとメスが年によって交互にでる。
 オスは茎をのばして花を咲かせるが、メスは茎を伸ばさない。根を食べるのはメスのみだと。これはどこにもそう書かれていたのをみたことがない。

○牧野富太郎の著述
 のちほど。

島根県立図書館にて。台風24号・チャーミーが巻き起こす風雨がしだいに強まるなかで3時間程度滞在。

柿木村誌編纂委員会,S61.『柿木村誌』自然編:宮本巌,歴史編:岩谷建三,民俗編:酒井薫美(柿木村)
現代思想2017.3月臨時増刊号,総特集「人類学の時代」(青土社)
平岩米吉,1992『新装版・狼ーその生態と歴史』(築地書館)
◉森山徹,2011『ダンゴムシに心はあるのか』(PHP)
◉岡ノ谷一夫,2010『さえずり言語起源論ー新版 小鳥の歌から人の言葉へ』(岩波書店)

ほか、あたったものをあげておく。
◆松浦章,昭和18『焼土の肥効と利用法』富民協会……一部複写
◆古長敏明,1966『大分県椎茸史』(大分県農業振興運動協議会,農振教養シリーズ;3)……一部複写

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本の話とカレーのゆうべ。人文カフェともサイエンスカフェともいえましょうが、そのご案内。
「森と畑と牛と」 編集人の面代真樹が、動物と人との関係を、思想と科学の歴史を軸にお話します。
◉主 催:カフェオリゼ&樟舎
◉日 時:10月5日(金)
開 場…18:30〜
トーク…19:00〜20:30
(20:30〜22:00 食事とカフェの時間)
◉場 所:カフェオリゼ(島根県雲南市木次町里方331-1)
◉参加費:2,500円(スリランカカリー、ドリンクセット含)
◉定 員:12名
◉申 込:メールまたはFAXにて、「本とスパイス参加希望」として、お名前とご連絡先を明記の上、お送りください。申込は返信をもって受付と致します。
honto@ksnoki.org
fax0854-47-7181

◉内 容:案内人……面代真樹(「森と畑と牛と」 編集人)
あなたは、動物のメッセージを聞いたことがありますか?
かつて、動物が人に話しかけることは珍しいけれどあり得ることとして受け入れられていました。 古層への回路をもつ民の間では、今でも常識の範疇にあります。 日本でも百五十年ほどもさかのぼれば、その痕跡が見つかります。 たとえば石見地方の日原。ある日、狼が庭にやってきて「魚の骨がのどにかかって痛いから掘り出してくれ」と言っているのです※1。
しかし、最近の調査や報告から知れるのは、動物のメッセージを受け取れる人間も、言葉をしゃべる動物たちも、もう本当にいなくなってしまうのだろうということ。
なぜなのでしょう。
私たちは、もう動物の言葉を聞くことはできなくなってしまったのでしょうか。
いや、そうではなく……。私たちが聞く耳を失ったばかりではなく、動物たちのほうが、言葉をしゃべることができなくなってしまっているのだとしたら……※2。

そんなお話を以下の本をとりあげながら展開します。

『動物に魂はあるのか―生命を見つめる哲学』金森修著(中公新書)
『感応の呪文―〈人間以上の世界〉における知覚と言語』デイヴィット・エイブラム著/結城正美訳(水声社)
『ソウル・ハンターズ―シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』 レーン・ウィラースレフ著/奥野克巳ほか訳(亜紀書房)
『精神の哲学・肉体の哲学―形而上学的思考から自然的思考へ』 木田元・計見一雄著(講談社)

※1)※『石見日原村聞書』大庭良美・1974(未来社)による。動物が人と話すのは、民話のなかではあたりまえのように展開するが、実話・実歴となるとそう多くはない。 ただ、民話(昔話)と実話は明確な境界をもたず、重なりあうものでもある。神話と史実との関係にも似て。今回着目したいのは、この日原の例がそうなのだが、狼を見たことがある人が語っているということ。それは狩猟を行うものか近いものであったということだ。動物と話をするアラスカのコユコン、極北タイガのユカギール、いずれも狩猟民であることは、何をものがたるのか。
※2)「もののけ姫」での乙事主を思い出してみよう。「わしの一族を見ろ!みんな小さくバカになりつつある。このままではわしらはただの肉として人間に狩られるようになるだろう」

白築純さんから、「Spice of Life」って曲があるから、こんど山の上音楽会でSpice of Lifeという名のカレーをつくって!と…………
そう言われるまで掛合の山にあるというライトハウスのことも、毎年続けられてきた山の上の音楽会のことも知らなかったのに…………これが最後だという、この音楽会でカレーを出せたことは、ありがたくうれしく少しさびしくそれでもハッピーなことでした。
聖地ともサンクチュアリともいえる山のてっぺんにひらけた小さな土地。
その一角にいつの頃からか、人が山を開き、土を耕し、家をたて、子どもが生まれ、育ち、死に、別れ、また出会いがあり、幾百年をへて明治のはじめに建った家があって、今回の音楽会はその古民家が会場でした。
大きくはないけれど決して小さくはない農家の家。そこに150人ほどの人が集まったのは、この土地開闢以来のことだったのかも、しれません、ね。
さて、そんなことをおもいながら、Spice of Lifeのことを記しておきます。この言葉、直訳すれば“人生の香辛料”となって、人生における刺激、ぐらいに捉えることが多いようですが、ノーノー、そんなわけないです。少なくとも私のなかでのSpice of Lifeは。


カフェ・オリゼでつくっているスリランカのカレーは、調理の段階では、まぜたり、煮込むことがきわめて少ない。「できるだけまぜない」方針とでもいいましょうか。そうすると、計算できないところが大きくなってしまう。煮込んでいけば、味が調い、途中で足りないものを入れたりと調整がききますが、それができない。たとえば、3分ほど強火で蒸し炊きするものなんて、一発勝負です。
やり直しのきかない人生のこと、それがSpice of Life。だからこその、ヒリヒリ、ヒヤヒヤ、ドキドキ。ボーッと生きてんじゃねえよ!
スリランカカレーの基本はひとつの食材にひとつのカレー。たとえば、ニンジンのカレー、ジャガイモのカレー、ポークのカレー、キャベツのカレー、それぞれ別々につくり、皿の上でいっしょに盛られ、口に運ぶ直前にまぜあわされるものです。だから、まったく同じカレーでも、まぜかたのちょっとした加減で、味が変わってくる。
人は、ひとりひとり、まったく違う生き方をもっている。それがSpice of Life。

そしてオリゼのスリランカカレー3つめの特徴。火を通す時間は短いのですが、スパイスの調合に手間がかかります。食材別におよそ10〜20種類のものを粗挽きしたり、パウダーにしたり、あるいはホールで使ったり、おろしショウガでペースト状にまとめたりして準備するのが大変なのですが、大変ですむならまだいい。
スパイスが3〜5種までならともかく、7種をこえると、量の加減が感性や勘に頼らざるを得ない。いや、まだ「勘」ならば、人の能力次第ともいえるのですが、もう「運命」とか「偶然」としかいいようのない世界がひろがっている。
コツコツと地に足をつけた歩みなくして充実した生はないのですが、どんな努力も必ずしも報われるわけではない。それがSpice of Life。
「山の上の音楽祭」には、ひとりひとりの違う人生が集まり、音楽ともに時を共有しました。
純さんは「さあ、これが最後の山の上音楽会です」「15年間大切に紡いできたこの自由空間来人家をクローズします」というのと同時に「終わりは始まり」「これからも、この地に豊かな音楽の種まきをしてゆくことはずっと続けてゆきますよ。ライトハウスじゃなくっても、いろんな場所で、素晴らしいミュージシャンのライブをプロデュースしてゆきますからね」と。
終わりなきもの、それは人の生なり。
動物としてのホモサピエンスには個体の生命としての終わりがありますが、人にはない。Humanbeing、人間らしく、人として生きたいという気持、それがSpice of Lifeなんじゃないかな。

◉番外
えっと、人生には終わりがあるんじゃない? そんな疑問をもたれたあなた。テッド・チャンのSF短編小説で映画にもなった「Story of your Life」を読んでみてくださいな。「終わり」とか「結果」がない世界があるということがわかります。サイエンティストが「電車の中で涙が止まらなくなった」「読み終わった夜、ベッドで寝ているわが子を抱きしめた」と語る名作です。

🎵山の上木霊は響く人々の喜びの声音楽に乗せ 山の上音楽会ファイナル! 無事に大盛況で終えることが出来ましたことを皆さまへご報告と共に、心より御礼申し上げます。。 立ち上げから15年間、本当にたくさんの皆さまに愛していただいたこの大切な場。 最後はみんなみんなの笑顔と歌声と手拍子で、素晴らしいミュージシャン達の音楽と共に一つになって結びとなりました。 もう何も悔いはありません。 さあ、次はどんなことしよう!?と、もうわくわくしています(笑) 中に入りきらず、約150名近いお客様に遠方からも(東京や九州、広島などからも!)お越しいただき、急遽外にお庭席を作り、かがり火を焚いたりと、皆さまにご不便をおかけしてしまいましたが、最後まで笑顔で見届けて頂けましたことに感謝の思いでいっぱいです。 カフェオリゼの美味しいものたち、ドマカフェのベーグル!などで、おなかもこころも満たされ、最高のトリオをお楽しみ頂けたようです。 則竹さんのドラムが生み出す、羽根の生えた様に軽やかなのに、どっしりと中心軸を感じながらいつも心地よいところに導かれるように着地できるリズムに、私はミュージシャンとして改めて、感銘を受けまくりました。 須藤さんのベースが醸し出す、お喋りしながらうねる様なグルーヴと、彼独特の温かく大きな愛に満ちた波動が、ぐいんぐいんと伝わって体の奥深くに安心の源みたいなものを感じました。 圭司くんのピアノは、もう何も言葉にしようがないほど、ただただ、歌いながら音で会話をしていました。 圭司くんありがとう、ありがとう!とわたしの細胞が喜んで踊っているのがわかって、がんが消えちゃってるかも?と思いました(笑) それくらいの深く強い力がこの人のピアノに、音楽にはあることを実感しました。。 そしてこの地で出会ってからもう五年… 大切な弟分、ギターの安田ユウイチは、私が今まで見た中で一番の、最高のプレイを聴かせてくれました。 先月パパになったこともあって、すごく大きく見えて涙が出そうでした。 敬愛する圭司さん達のトリオのフロントに立つなんて、このビビりならくだに大丈夫かっ?とずっと姉は心配していたけれど(笑)ほんと、立派なもんでした! 14年前、山の上にブルーノートを作るぞ!(笑) というくらいのきもちで、この場を開き、山陰の音楽土壌を豊かにして、いいミュージシャンを育てたい!という、おこがましくも強い思いで続けてきたこと、がすべてかたちに見えた夜でした。 ドラムの機材サポートをしてくれた松尾圭司も、全体の機材サポートをにこにこかってでてくれたベースのとじーも、そして大変な状況での音響にレコーディングまで!お願いしてしまった西村さんにも… 様々なお手伝いをして頂いた強力な協力スタッフの皆さんにも、もうほんとに頭が上がりません。。。 何よりもみんなみんなの笑顔が、この日最高のギフトでした。 この築約百年の古民家、自由空間来人家も、喜んでいるのがよーーくわかりました。。 ご先祖さま、ありがとう!!(笑) これまで支えて下さった地域の皆さま、仲間たち、家族、最高のミュージシャンとスタッフの皆さん、温かいお客様、すべての皆さまに、御礼申し上げます。 これからも、ライトハウス同様、白築純の音楽を、そして今後プロデュースしてゆく音楽会やイベントも、どうぞよろしくお願いいたします。 さて、元気になってまだまだやることいっぱいです。 欲張らずにひとつずつ、ゆっくりしっかり身体を治して、この地で音楽を通した笑顔の連鎖をつなぎ続けてゆきたいな、と思います。 ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに… ありがとうございました🎵 またね♥

Jun Shiratsukiさん(@junshiratsuki)がシェアした投稿 -

第9回の「本と話」は、石塚尊俊の『神去来』をとりあげ、出雲の神在祭からカラサデ婆さんまで話しを通しました。いつものことながら漏れが多く、補遺としてのテキストをあげていこうと思い立った次第がこの投稿です。

さて、すべての人文書は独立峰として存在するものではなく、山脈のひとつとして読むことが、その理解をおおいに深めてくれます。というよりむしろ、そうしなければ、「読む」ことができないものです。
11月23日にお話した中では、2年前に逝去された石塚尊俊の『神去来』を語るうえで、欠くべからざる3人の泰斗を挙げました。

本居宣長 1730(享保15)〜1801(享和元)
千家尊福  1845(弘化2)〜1918(大正7)
柳田國男 1875(明治8)〜1962(昭和37)
石塚尊俊 1917(大正7)〜2014(平成27)

この山脈を意識しつつ、個別のテーマを「補遺」として以下、展開していきます。

◉出雲大社の祭神が「大黒=大国さん」であった時代
 いまでは出雲大社のヌシは大国主命であると、メディアは報じガイドにも記されていますが、少なくとも1960年代にはそうではありません。出雲大社の神とは大国さまのことでした。NHKの新日本紀行「出雲路・神話と伝説のふるさと」(昭和39年放送)では、ダイコクサマとナレーションしています(のはず。記憶に基づくので要検証)。
 出雲国造・千家尊統が1966年に著した『出雲大社』(学生社刊)の20ページには、祭神は大国主神であるが、人々が祈る・想うのは、仏教の大黒天と中世に習合したダイコクサマであるとしています。人々の心にどっしりと根をおろしているのは、大国主神を祭る神学とは軌道が異なることを暗示しているともいえましょうぞ。

 大国主神と大国さんとの分離を最初に試みたのは、本居宣長です。『鈴屋答問録』において、栗田土方侶の問い、すなわち、大黒を大名持神(大国主命)、恵比須を事代主神(大国主命の子)とする説は信じがたいーーーに答えています。
 この二つの神を大名持神、事代主神とするのは、近年の牽強付会であろうと。

 ここで私たちは気をつけねばなりません。
 「世間では◇◇は〇〇といわれているが、本当のところ、◇◇は〇〇なのである」
 こうした説き方に、人は知らず注意を向けてしまう。
 AはBではない。AはCなのだ。
 
 大国主と大国との結びつきは、俗説というには、あまりにも深く広く複雑なものがありました。私たちが知らないか忘れてしまったその世界を、少しばかり垣間見ることは、この問題を解きほぐし面白くさせるに違いありません。いま少し道をはずれみましょう。

◉大黒信仰をひろめたもの
 出雲大社の祭神を大黒さまとしてひろめた者は御師たちです。御師とはなにか。
 伊勢神宮や冨士浅間神社の御師が有名であり、旅行代理店みたいなもの、などと会では断じてしまいましたが、そう簡単なものでもありません。

(つづく)

 

 

 

※更新履歴
2017/11/27 初回投稿

◉主 催:ナレッジ・ロフト「本とスパイス」&カフェ・オリゼ
◉日 時:11月24日(金)
開 場…18:30
トーク…19:00〜20:20(20:30〜22:00 食事とカフェの時間)
◉場 所:カフェオリゼ(木次町里方)
◉参加費:2,500円(スリランカカレー/ドリンクセット含)
◉定 員:12名
◉申 込:「本とスパイス」参加希望として、カフェオリゼ宛facebookメッセージか下記のメールアドレスまでお名前とご連絡先をお知らせください。返信のメールをもって受付終了とさせていただきます。メールはこちらまで anaomoshiro★gmail.com(★⇒@)

◉ 内容
本を巡るトークライブ、今回とりあげるのは、石塚尊俊『神去来』です。
あなたはカラサデ婆を知っていますか。案内人・面代は小学生の頃、全校朝礼で教頭先生から聞かされました。40代後半以上の出雲人ならば、耳にしたことくらいはあるのではないでしょうか。
「今晩は出雲に集まられた神さまが宴をしてお帰りになる日です。神さまが出歩かれますから、早く寝るように。そして夜、トイレに行ってはいけません。カラサデさんにお尻をなでられますよ。どかないと、どうなるか、わかりますね……」
出雲に全国の神が集うという祭事の終幕、神立の祭にまつわるトピックです。
当時聞いた「カラサデさん」は、大原・仁多地方では「カラサデ婆さん」と呼ばれる恐ろしいものだったと、後に知ることになります。そして、数十年がたち、まさか、そのカラサデ婆さんと再会することになろうとは…………。

さて、その出雲の神在祭、かつて柳田国男は何度も痛烈に批判しました。「まことにたわいのない俗説」「論破するまでもない」「不道徳である」(「祭日考〜出雲のいわゆる神在祭」)と。
対するものとして、佐太神社宮司であった朝山晧の研究がありますが、柳田と朝山は、すれちがうように亡くなり、双方をよく理解する石塚尊俊によって、「結局この問題は、その後いつとはなしに民俗学会のいわば表舞台から消えていくことになったのである」と記されることとなります。

今回、カラサデ婆さんを糸口にこの問題を見直します。
神在祭の盛況と機を同じくしてハロウィンが急速に(渋谷のみならず雲南にも!)ひろがったのはなぜか、トイレの花子さんはいまどこにいるのか、そんなことともこれは深くかかわっています。すなわち「今、神はどこにいるのか」ということであり、世界の成り立ちの秘密にふれることでもあります。
乞うご期待。

Japanese historian Michihisa Hotate said. "The national organization is born out of the form of traffic, that is, it was born from the" road "connecting the center and the province.
There's much truth in what he said.  Even in modern politics, it is better to more carefully understand the reasons why attracting and constructing roads and bullet trains will end up being so hot.
The road is necessary. High-speed railway is also necessary. But the theory that you are not saying that will be born from there.
Well, interest is not there. It is a question of that viewpoint of seeing history, and it is a problem of "traffic" which the folklore studies as a whole have underestimated.
When tracing the current interest of Okuizumo village juku, Saiki's history of Okuizumo, Ayo of the present Daito, the way leading to the current Hippo (Kisuki), the way leading to Sajiro (Okuizumo) It should be seen from the name of a mountain described in Fudoki, the name of a valley.